代表弁護士の小前田です。

これまで3章に渡って事務所のあゆみを書きましたが、そもそも自分が「なぜ弁護士を目指したか?」という部分を書いていないことに気づきました。

事務所で採用活動をするにあたっても、修習生に「なぜ弁護士を目指したか?」というのは必ず聞くことなので、私のケースを今回の記事で紹介していきます。

 高校時代

私の場合、弁護士を目指したのは、高校時代からだったと思います。

高校時代を振り返ると、正直、私はあまり勉強が出来ませんでした。地元の小・中学校では成績が良かったのに、進学校に入学して周りのレベルがいきなり上がり、それについていけず落ちこぼれるという進学校ではよくあるパターンにがっちり嵌った・・・それが私でした。

やる気のない中学生・高校生のイラスト(男子)

私は田舎の小・中学校に行っており、生徒数も少なく、周りのレベルが高くなかったため、何もしなくてもテストの成績が良かったということもあり、祖母に言われるがまま、自分の行ける校区の高校では一番の進学校に入学しました。

そんなこともあって、それまで全く勉強習慣が身についておらず、それにもかかわらず周りのレベルがいきなり上ってしまったため、全然勉強が出来なくなってしまって、落ちこぼれてしまいました。成績は、同級生が400人くらいいる中で、いつも300位くらいの成績だったと思います。

多分、高校の同級生で私のことを知っている人は、まさか自分が司法試験に受かっているとは思っていないと思います。

それなのに弁護士を目指したのは、そもそもサラリーマン(公務員を含む)になりたくなかったということがスタートだったと思います。

気を悪くした方がいたら申し訳ないです。別にサラリーマンを否定するつもりは全くありません。当時学生であった私は、サラリーマンの何たるかも知らずに、ただただサラリーマンという生き方にまったく魅力を感じていなかったのです。

高校生の頃は、会社や上司に何かを命令されるとか、転勤を命じられるとか、自分の人生を他人に決められるというのは嫌だなぁと漠然と思っていました。当時は、リストラも社会問題になっていたこともあり、組織に頼らず自分一人で生きていけるような仕事がしたいと考えていました。私の父親も脱サラして、自分で会社をやっていたというのも影響を受けていたのかもしれません。

また、私は「将来福井に帰ってきて仕事がしたい」と考えていいたので、ある程度稼げて、社会のためになって、自分の裁量で仕事ができる仕事につきたいなと考えていましたので、

そういう仕事はなにかということを考えていくと、当時高校生であった自分としては、医者か弁護士くらいしか思いつきませんでした。

そこで、医者になった自分をイメージしてみました。

よく考えたら私は血を見るのが苦手なうえに、手先もそんなに器用ではありませんでした。当時の私の医者のイメージはブラックジャックのような外科医だったので、医者は自分にはとてもなれる気がしなかったということを悟り、諦めました。

手術のイラスト

実際、司法修習のときに、司法解剖に立ち会わせていただく機会をもらえましたが、解剖を見ていてとても気持ち悪くなり、何度も吐きそうになりました。このときは、ほんとうに医者にならなくてよかったと思いました。

次に弁護士になった自分をイメージしてみました。

当時の私の弁護士のイメージは、ドラマや本の影響を多大に受けていました。

私が影響を受けていたもの その①は「織田裕二」です。

かなり前のドラマですが、織田裕二主演の弁護士のドラマ「正義は勝つ」にとても影響されています。このドラマは、「大手法律事務所に務める敏腕弁護士が新米弁護士との出会いを経て、自分の父を死に追いやった巨大な陰謀と戦うシリアスな社会派ドラマ(Wikipediaより引用)」で弁護士は稼げて、格好いい仕事だと思っていました。このドラマで弁護士の織田裕二がベンツのオープンカーに乗っているのがすごく格好良かったのを覚えています。

今だと、織田裕二の弁護士のドラマは、「SUITS」だと思いますが、私にとっては「正義は勝つ」になります。

脱線しますが、昔の織田裕二主演の「お金がない」もすごく好きなドラマです。「学もなく貧困を極めた青年が一流企業で活躍して仕事を成功させていく痛快なサクセスストーリー」(Wikipediaより引用)で、織田裕二が成り上がっていくまでの姿で熱中して見ていたことを覚えています。

その②は、高校時代に読んだ、大平光代さんの本の「だからあなたも生き抜いて」にも影響を受けました。この本は、「中卒、割腹自殺未遂、「極道の妻」、そして司法試験に一発合格…。現在の養父と出会い、猛勉強の末に司法試験に合格し、非行少年の更生に努める弁護士の人生を辿る。(「MARC」データベースより)」という内容で、読んだときにすごく感動したことを覚えています。自分も司法試験を受けたい、弁護士になりたいという気持ちになりました。

弁護士記章・弁護士バッジのイラスト

そんなことが積み重なり、弁護士を目指そうということになりました。

そして、弁護士になるためには、大学は法学部のある大学に行かないといけないということに。

ここは、自分の高校が進学校だったからということに助けられ、なんとか現役で大学に行けることになりました。

というのも、自分の学校は進学校だったからだと思いますが、高校3年生の秋くらいから、ひたすら授業時間中はセンター試験の過去問ばかりやらされることになりました。あれだけセンター試験の問題をやらされたら、基礎的な問題はほとんど解くことができるようになるだろうというくらいの量をやらされました。自分としては、それ以外の受験勉強はほとんどした記憶がないです。

おかげ様で、私立大学で受験した関西学院大学ともう一校の2つに合格することができました。国立大学もどこかをたしか受けたと思いますが、不合格でした。

合格した2校のうち校舎がきれいそうでいいなと思ったので関西学院大学に進学することにしました。

こうしてなんとか無事に進学先が決まり、大学生活が始まりました。

 大学時代

大学に入ってすぐ、その年に入学したばかりの1年生が集まって、大学の先輩とキャンプに行くという企画があり参加しました。そのキャンプでは、就職活動を終えたばかりの先輩と話す機会があり、先輩たちの内定の出ている会社を聞いたりできました。

そこで、私の行っていた大学から就職活動で行ける会社のレベルがこんなものかということが分かり、ますますサラリーマンになる気がなくなり、これは、司法試験を通って弁護士になるしかないなと決意しました。

しかし、そう思っていたのにもかかわらず大学に入ってすぐの頃は、本気で勉強していなかったです。大学ではじめて親元から離れ、自由になったこともあり、ゲームをしたり、バイトをしたり、バイクの中型免許を取ってバイクに乗ったり等、大学生活を満喫していました。

さすがに大学2年生くらいからは司法試験予備校に通って、ぼちぼち勉強をはじめましたが、遊びの方がメインで、本当にぼちぼちという感じでした。

大学3年生の夏ころになると、同級生がみんな「就職活動」と言い始めました。

この頃くらいから、私は、本格的に司法試験の勉強を始めました。というか、同級生がみんな就職活動で忙しくなり遊んでくれる友達もいなくなり、勉強に集中せざるを得なくなりました。

当時、大学の図書館で一緒に資格試験の勉強をしている友達がいてくれたのも良かったことです。こうした友達がいたおかげで孤独にならずに、勉強が継続できました。今でも感謝しています。

その頃に、友達から勧められてドラマ「ビギナー」も見たのですが、このドラマのおかげで、なんとか自分も司法試験に合格したいという気持ちが高まりました。

※フジテレビ月9ドラマ「ビギナー」:平凡な元OL、元不良、リストラされかけた元管理職など、年齢も境遇も異なる8人の男女が、司法試験(旧司法試験)合格後の司法修習で葛藤・奮起する姿を、コミカルにあるいはシリアスに描いた「青春群像劇」である。(Wikipediaより引用)

また、実務家の弁護士の先生にゼミ形式で授業をしてもらう機会があり、その授業後の飲み会で、大学生の参加者が10人くらいでしたが、その弁護士は大学生全員におごっていたりして、すごく羽振りが良さそうでした。世俗的ですが、弁護士は儲かるのだなと思い、そんな出来事も弁護士になろうという刺激になりました。

そんなこんなで就職活動もしないまま、旧司法試験を大学4年生のときに受けましたが、勉強不足で、短答式で落ちました。

そして私の前には、このまま大学を卒業して旧司法試験で頑張るか、ロースクールに行くかという2つの道が提示されました。

このときに、どうもロースクール経由のほうが司法試験に合格しやすそうだと考え、旧司法試験での合格は諦めて、ロースクールを受験することにしました。

受験したのは母校である関西学院大学のロースクールと、慶応大学と神戸大学のロースクールで、合格できたのは、関西学院大学のロースクールでした。

3つのポリシー

 ロースクール時代

ロースクールは私が入学する2年前に誕生した制度で、私は、既習コースの3期生となりました。

ロースクール時代の小前田

ロースクールに入った時点で、弁護士になりたいという気持ちは強かったと思います。加えて、ロースクールに入ると、当然、周りは司法試験合格を目指している人ばかりで、刺激もたくさんもらえました。

また、在学中に父が亡くなったことも大きかったです。父が亡くなったあと、父が自営業をしていたこともあり諸々の手続きで、地元の弁護士にお世話になりました。当時、私は法学を学び弁護士を目指していたのにもかかわらず、法律問題が自分に降りかかってきたとき無力で、そのことがとてもショックでした。もっと勉強して、お世話になった弁護士のようになりたいと強く思いました。

ここからは、第1章のブログ記事に話に繋がるのですが、合格した年は、何が何でも今年の司法試験には合格しなければならないというプレッシャーは強く、それのおかげでなんとか司法試験に合格にできました。

 まとめ

私が弁護士を目指した理由、それを一言でいうなら「サラリーマンになりたくなかった」からだと思います。こんなしょうもない理由ですいません。この記事を書きながら、若い頃の自分は本当に思慮が浅かったと反省しています。

ただ、自分が行動してもないことや考えてもいないようなことを捏造して書くのはフェアではないと思ったので、当時考えていたことをそのまま文章にさせていただきました。

弁護士になりたいと思った理由は、しょうもないものでしたが、それはあくまでもスタート時点の話で、その後いろいろなことに影響されながらだんだんと弁護士になりたいという気持ちが強くなり、最後あたりは「今年の司法試験には合格しなければならないというプレッシャー」となっていました。

修習生の方に言いたいのは、就職活動で『立派な』弁護士を目指した理由がなくても、全然問題ないですよということです(これはうちの事務所だけかもしれませんが)。

実際に弁護士になってみると、なる前に想像していた弁護士の仕事とは、いい意味でも悪い意味でも違ってくるものなので、あまりに理想的な弁護士像を描きすぎるのもよくないと思っています。

私が、「弁護士を目指した理由」を修習生に聞くのは、私は、その方の人間性を知りたいと思っているだけです。弁護士になるのにあたって、立派な志などないのが普通だと思っていますので、無理やりそれを作る必要もないと思います。

立派な理由なんてなくても、自分なりの理由があればそれで十分です。

採用についてご興味のある方は、是非事務所までお問い合わください。